日記



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76 75から読んでください 
 
 どかんと大きな、嫌な音がして静留は伏せたままの顔をしかめた。
どういうことになったのか、招かれざる客は誰か、要件はなにか。
音で大体把握した。面倒なことだ。大きな世話だ。無粋だ。野暮だ。
脳裏に罵る言葉が数十パターン浮かんだが、その全てが無駄かつろくに通じもしないと知っている。

「何これ!暗いわね!じめじめしてるし、ちょっと、藤乃!起きなさいよ!」
「……起きとりますけど」

揺さぶられるのが嫌で、ベッドにうつぶせたままの静留は手だけをひらひらと振ってみせる。これで当面しのげるはずだ。ざぁっと音がして、カーテンが引かれたのがわかった。伏せていても、久方ぶりの太陽は非常にまぶしく、心と体に突き刺さる。

「閉めとくれやす。珠洲城さん、あんたもしかしてうちを滅ぼしにきはったん……?まぁ、それもええけど」
「ちょっと、遥ちゃん!閉めてあげて。藤乃さん弱ってるんだから」

軽口を叩いたつもりが、本気で心配されてしまった。これもなにやら不本意で、静留は大きなため息をつく。怠い身体にむち打ち、身体を起こした。

「お久しぶりどすなぁ。玄関から入ってきてくれはったんは大進歩ゆうべきやろけど、ドア壊すゆうんは客としてどうかと思いますけど。請求書はどちらにまわしたらええんやろか」
「あ、それはうちの商会で引き取ります。ごめんなさい。えっと、パックがいち、にい、さん……」

面倒で転がしておいた足元のパックを拾って数えられ、静留は眉を寄せる。
「菊川さん」

声の温度が下がったのがわかったのか。遥がカーテンを閉めて、静留に向き直った。

「雪之は私に付き合ってるだけだから。勘違いしないで。おせっかいは私。あんたこんなとこでじめじめじめじめ腐ってないで、とっとと外出たらどうなの」

カーテンの隙間から漏れる光がまっすぐに此方を見つめる遥の茶の瞳を透かす。
「うちがどうしようとあんたには関係ないはずどすけど」

「そうね。トモエっていったっけ。あんたの隷属」
「あぁ……そうどすけど」
「あれ、好き勝手してるわよ今。手当たり次第人間さらって、ダチ監禁してるわよ」
「友達ならええんとちゃうやろか」
「藤乃さん!拉致監禁です!許していていいんですか!?あの子、あなたが拾ったんでしょ!?」

拒まれたあの日から静留の心は凍ったままだ。寝ても覚めても、あの悲鳴が耳から離れず、あの瞳が静留を責める。このまま棺桶にでも入って100年ほどふて寝しようと思ったが、悪夢ばかりみるこの身体ではそれもまた嫌なものだ。酒にも酔えず、遊びに出てもいざことに及ぼうとするとあの目が蘇る。仕方ないので目をふさぎ、耳を塞いでここで自堕落な生活をしていたのだ。こうしていれば、すべてが過去になると思っていたのに。

「そうどす、か。でももう、うちには関係のないことやさかい」
「はぁ!?あんたの隷属でしょ!?」
「それでも、どす。あの子はもううちの手を放れてます」

事実、やっとこのところ眠れるようになったのだ。放っておいて欲しい。ここにいれば、心を凍らせることが出来る。あの悲鳴から逃れることが出来る。

「じゃあそれはいいわ。玖我なつき。アライアランスから連絡があったわ。あれと戦うみたいよ」

出来ると、思っていたのに。眠気も怠さも、先程まで感じていたむかつきも何もかも全てが吹き飛んだ。

「え?」
「トモエの裏には凪がいるわよ。ピンチよ、あの子」
「学校経由で依頼を受けたみたいです。一緒に依頼を受けた奈緒さんからの情報です。間違いはありません」

途中から、遥も、雪之の声も聞こえなくなった。
気付けば身体が動いていた。
敢えて断っていた外界との感覚を蘇らせれば、トモエの気配は以前よりも強大になり、静留の感覚に挑みかかってくる。

霧になった身体が遥の壊したドアをすり抜けた瞬間を思い出す。
ドアをあける手間が省けたのはよかった。
その点は感謝して請求はやめておこう。静留は小さく笑った。

..2013年6月25日(火)  No.191



75 
 
 「なんて、ね」

首元に突きたった爪が引かれた。

「ごめんね。苛めすぎちゃったかな。さっきの、トモエちゃんにも内緒だからね。じゃね」

濃密な気配が一瞬にして散じる。足元から崩れ落ち、ミーヤは肩を上下させて息をつく。
呼吸をするのも忘れてすくみあがっていた。胸元で組んだ手をそっとひらく。

―ねたましいよ

耳元でした声。誰でもわかる。あれは、吸血鬼の本音だった。
彼はどこへいこうとしているのだろう。いや、違う。ミーヤが案じるべきは、

―君がなくしたつもりになってるやつ。

まだ、本当に自由はあるのだろうか。そして、

「わたしたち、どうしたらいいの……?」

未来が見えぬまま、このまま進んでもいいのだろうか。
トモエはどこへいこうとしているのだろうか。

動悸も収まらぬまま、ミーヤは強く目を閉じた。
..2013年6月25日(火)  No.190



74 
 
 「ね、追われないってどういう気持ち?」
「え?」

質問に答えると言った凪に逆に質問され、虚をつかれたミーヤは思わず気の抜けた返事をする。揺るみかけた指に力を入れ直した。
ヴァンパイアは危険。目の前にいるのは、敵。
自分に言い聞かせ、ミーヤは震える膝に力を込める。

「僕らは確かに君たちよりも強いけどね。日光にも当たれないし、十字架にも弱いし、銀に焼けるし、ハンターにも追われる。そりゃ、君たちの血も吸うし仕方ないって君たちは言うだろうけど……もうちょっと楽に生きたいとは思うじゃない。僕らとしてはさ」

凪の顔から貼り付けたような笑みが消える。
特徴的な紅の瞳に、初めて真剣な色をみたような気がしてミーヤは眉を寄せた。

「教会みたいに、僕らももっと助け合っていこうって組織を作ろうって話なだけなんだけどな。……こうやって、素直に静留さんを誘えば最初から何とかなったかなぁ。ま、スミスのこともあったし今となってはしょうがないんだけどさ。だから、強い子が欲しいわけ。わかる?」

わかるような気はする。
確かに、ハンターであるミーヤにとってはとてもわかりやすい理屈ではあった。
しかし、何かが違う。冷たく、傲慢なトモエの横顔を思い出し、ミーヤの胸に痛みが走る。
まとったシャツの胸元を握る。そういえば、脱いでしまった学校の制服はどこにやったのだろう。トモエに投げてよこされたワンピースを着て、そのまま。
トモエは、トモエも着ていたあの制服をどこにやってしまったのだろう。
逸れた思考に気づき、ミーヤは我にかえる。

「でも……じゃあ、なんでトモエちゃんなんですか」
「ん?」
「静留さんは強くても、強いヴァンパイアなら他にもいるはずです。どうして、トモエちゃんにだけこんなに力を貸してくれるんですか」

こんな時に制服のことなどを思い出したからだろうか。
ミーヤは、聞くかどうか迷っていたことを声にしてしまっていた。

「へーえ。おもしろい。ただのパシリじゃなかったんだね、君。考えてるじゃない、ちゃんと。嫌々トモエちゃんに使われてるんだと思ってたのに」

核心に触れたはずなのに凪には弾けるように笑い、ミーヤは思わず一歩下がる。

「こんな真正面から僕のことを見てくれる人間は久しぶりだ。しかも、それがハンターの卵だなんて、ね。うん、そっか。これ内緒だよ?」

ふわりと頬に風を感じた時には、もう遅かった。
悪寒に背が凍り、自分の体の硬直をミーヤが知覚したその瞬間には、凪の手が背に回り、真紅の瞳が至近からミーヤの淡い藤色の瞳を覗いていた。

「同じ仲間として、興味が沸いたんだ。本当に、主人に隷属が成り代わることが出来るのか。宮仕えは辛いもんだよ。トモエちゃんは結構いい環境にいるみたいだけど」

総毛立ち、指一本動かせず目を見開き固まるミーヤの背を、ヴァンパイアの伸びた爪がそっと下から上へとなぞっていく。

「……ひっ」
「僕はね、自由ってものを見てみたいのさ。僕が手に入れたことがなくて、君たちが持ってる、それ。君がなくしたつもりになってるやつ。ほんとはそうじゃないのにね。君はまだ自由だ。ねたましいよ」

すい、と更に整った凪の顔が近づき、ぼやける。
..2012年11月14日(水)  No.189



73 
 
 首をすくめ、踵を返そうとした凪を、細く震える声が呼び止める。
「……あ……の」
「ん?なーに?」

頭の後ろで手を組み、笑顔で凪は振り返る。
凪の笑顔とは対照的に、血の気の失せた顔で唇を噛んだミーヤは、小さな
声で続けた。

「どういうつもりですか」

胸の前で握りしめた二つの拳が恐れに震えている。

「どうして、トモエちゃんを助けてくれるんですか」
「どうって、人助けだけど」
「嘘です」

今にも倒れそうな程おびえているように見えるのに、凪の答えを言下に切って捨てたミーヤに、凪は組んだ腕を降ろし、開いたままの扉に背を預ける。

「う〜ん。人助けも本当なんだけどなぁ。実際問題、トモエちゃんは助かってるでしょ?そりゃ、僕もただ働きはしない主義だけど。僕の目的聞いて君はどうするの?トモエちゃんに害があるなら、報告でもする?君、トモエちゃんのパシリなんでしょ?」

パシリと言われた時、怯え一色に染まっていたミーヤの表情にちらりと何かが混ざる。

「そう……ですけど」
「『けど』?君にそこまで踏み込む理由ってあるの?」

にやりと笑った凪は扉から一度背を離したが、首をひとつ傾げると体勢を元に戻した。

「そういえば君、人だっけ。どうしてかなーって思ってたんだけどトモエちゃんにも何かあるのかな……いいよ、わかった」

ちらりと笑って、凪はトモエの去った廊下を見やる。
..2012年11月9日(金)  No.188



72 
 
 「お待ちかねのお客様だよ」
「えぇ、そうみたいですわね」

ノックと共に扉を開けて入ってきた眼前の凪に微笑み、トモエが掛けていた椅子から立ち上がる。
廃墟の外見に反して、その内部に生活に不便さは感じられない。
暖色の電灯に照らされた室内は家具も揃い、落ち着いたトーンでまとめられていた。
打ち付けられた窓からは日光が差さない。

黒のドレスに身を包んだトモエの自信にあふれた背を傍らに立つミーヤが心配げな表情で見送る。
二人の対照的な姿をおもしろそうに凪は見やり、近づいてくるトモエにニヤリと笑ってみせた。
「自信、あるみたいだね。いいことじゃない。」
「えぇ。そのために血を飲み、力を蓄えたのですもの。ずっと待っていましたわ」

凪のもたれる扉の前で足を止めたトモエの瞳が赤く光る。

「玖我なつきを上手く捕らえてよね。殺しちゃうと静留さんが怒るよ、きっと」
「身の程知らずには死んでもらった方がいいと思いますわ。お姉さまの寵愛を当然のように受取って……もう少しで、お姉さまにも勝てる力を手に入れるんですもの。主従を逆転させればそれで済む話ですわ」
「うーん……きっとそう言うとは思ったんだけど、ね。多分生かして置いた方がいいよ。一応、忠告したからね、僕」

苦笑する凪の真横を通り過ぎる際、トモエが不敵に笑った。

「とりあえず私、あなたに感謝してますの。ここを下さったこと、そして、力を手に入れる術を与えてくださったこと。ですから今は、高みの見物をしていて下さったらいいんです」
「ほんと怖いよね、女の人って。はいはい、手なんて出さないから安心しててよ」

首をすくめる凪に一瞥もくれず、トモエが室内から出ていく。
..2012年10月31日(水)  No.187


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