|
今は今上天皇がお住まいの「皇居」と呼ばれる建物 これはそれ以前は江戸城でありました 日本において戦も無い穏やかな300年弱を築いた徳川将軍が起居する場所であり政治の中枢でもあります この江戸城は初代将軍家康から三代将軍家光になるまで掛って完成されたと言われています しかし 家康は何も無かった所にこの城を築いた訳ではありません 遥か昔に太田道灌が建てたと言う城が残っていたのです 「七重八重 花は咲けども山吹の・・・」の歌で有名な太田道灌が建てた城は大変な名城であったと言われます 残念な事に家康が江戸入りした頃にはこの城は跡形もなく朽ち果て草が茫々と生える荒れ地であったそうです では 太田道灌の前は何もなかったのかと言えばこれがそうでは無さそうです 坂東平氏の流れをくむ江戸重継がここに拠点を置いて屋敷を建てていました
なぜみんなこの地を選んだのかと言えば地形があげられるようです 河口に近いこの場所は大地の端でもあり守に適し攻める側からすると非常に攻めにくい 戦が絶えない時代の事ですからこうした事が非常に重要であったからだと思われます
先人の知恵に則って建てられた徳川の江戸城は明治の世になるまでに何度も何度も火事に見舞われ再建が儘ならない建物も数多くありました
争いが無くなった時代 江戸で一番怖かったのは火災だったのかもしれません
No.38
|
|