かきもののたね*2014 〜崖っぷちじゃあ!〜
 こちらではさまざまなジャンルの小咄を、お題に沿って製作しております。
 設定等はサイトのそれと完全一致しますので、よろしければサイトの方もご覧くださいませ。
 毎日一題、三日で三題、三歩進んで二歩…退がらない!
 そんな目標を立てつつ、今度こそ!! 今年一年で完結しますぜ!
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【Crown Blood 7】 1  
 
  ジュリエッタは、先ほど出てきた広間に迷わず飛び込んでいった。談笑していた人々は、何が起きたのかわからないような困惑顔で立ち尽くしている。その間を縫うように走り、妹と別れたバルコニーへと急いだ。
「シャーリル!」
 大窓をくぐり、人垣を押しのけるようにして現れたジュリエッタの目に、陶製のソファにぐったりと身を預けるシャーリルと、その傍らに膝をつく紳士の姿が飛び込んできた。
「エセル! 何があったの?」
 シャーリルの白い手首を掴み、青ざめる彼女に気遣わしげな眼差しを向けていたエセルバートは、ジュリエッタの声に振り返ると強張った表情で答える。
「わからない。私が広間に入った時、ちょうどシャーリルの悲鳴が聞こえてきて、急いで駆け付けたのだが…」
 そう言って、エセルバートは立ち上がって場所をあけた。ジュリエッタは急いでシャーリルの傍らに座り、ぐったりと目を瞑る妹の頬に手を添えた。
「シャーリィ…シャーリル、わたしよ、ジュリー。ねえ、目を開けて…」
「…ジュ…?」
 ようやく我に返ったように、うっすらと目を開いたシャーリルは、ジュリエッタの黄金の瞳と視線を合わせると、震える唇を開いた。
「…ああ…! ジュリー…ああ、どうしよう、ジュリエッタ…!」
「シャーリィ、落ち着いて、もう大丈夫よ。一体なにがあったの?」
「わからないの、いきなり、誰かが…」
 ジュリエッタの首に抱きついてきたシャーリルが、嗚咽を上げる。妹の様子に不安を掻き立てられたジュリエッタの背後で、落ち着いた声が響いた。
「申し訳ありませんが、皆さん席を外してください」
 バルコニーに集まっていた数人の紳士や淑女に、マクシミリアンの冷静な指示が飛ぶ。彼の言葉と、傍らのエセルバートの雄弁な視線とに促されて、好奇心に駆られていた野次馬たちは、バルコニーから一掃された。
 室内とバルコニーを隔てる大窓をきっちりと閉めると、マクシミリアンはエセルバートと視線を交わし、二人はなにも言わずに中庭へと続く階段に向かっていく。ジュリエッタはその心配りに感謝しながら、取り乱す妹を優しく強く抱きしめ続けた。
「シャーリィ、もう大丈夫よ。わたしがついているわ、怖いことなんてないでしょう?」
「ジュリー…」
 やがて大きく息を震わせ、シャーリルがわずかに落ち着きを取り戻して顔を上げる。美しい顔が涙に濡れ、その大きな黄金の瞳が不安に揺れ動くのに、ジュリエッタは胸を突かれるような痛みを感じた。
「ジュリー…ああ、どうしたらいいの? わたし、なにもできなかった…なんて情けないの!」
「一体なんのこと? 最初から説明して、シャーリィ」
 妹の豊かな赤銅色の髪を撫でつけて、ジュリエッタが問いかける。シャーリルは零れる涙に構わず、その白い喉に指を這わせた。
「奪われたの! 大切な宝石なのに…ミス・イングリッドのものなのに…!」
「えっ…」
 その言葉に、ジュリエッタは驚いて目を見開き、そのままシャーリルの喉元に目をやった。するとそこにあるべきネックレスは見当たらず、真っ青になったシャーリルの顔をもう一度見やる。
「ネックレスを盗られたのね? でも、いったい誰に、どうやって?」
「わからない。突然背後から忍び寄られて、口を押さえつけられて…動転しているうちにネックレスを奪われたわ。そして、そして…」
 がたがたと震えはじめたシャーリルをもう一度抱きしめて、ジュリエッタが素早く囁く。
「大丈夫、落ち着いて。どんな相手だろうと、必ず私が見つけ出して、ネックレスは取り戻すわ。心配しないで、シャーリィ」
「ジュリー…」
「それよりも、あなたは大丈夫なの? 乱暴なことはされなかった? どこか痛めていない?」
 落ち着いた声音に、シャーリルはひくりと喉を震わせて、こくんと頷く。
「大丈夫…ただちょっと、ねじ上げられた腕と、突き飛ばされた時に作った痣が痛いだけ…」
「まあ、シャーリィ!」
「本当に大丈夫なの。盗人は他のどこにも触れなかったわ。ただ…手馴れていて、冷酷で、なにか凶器のようなものを持っていた。声を立てると殺す、と、はっきり耳元で言われたの」
 最後に小さく身を震わせてから、シャーリルはゆっくりとジュリエッタの腕から身を起こした。まだ顔色は悪いものの、大分落ち着いてきた妹を見つめて、ジュリエッタは眉を寄せる。
..2014/11/7(金)  No.284



【Crown Blood 7】 2 
 
 「相手は男? それとも女?」
「多分男だと思う。暗くてちゃんと見えなかったけれど、手の大きさや声の低さは男性だわ」
「そう…他になにか手がかりはないかしら? 声の特徴とか、身体つきとか…」
 その問いかけに、シャーリルはぶるりと一度震えてから、喉に絡むような声音で呟いた。
「…裁きの日は近い…」
「え?」
「その男が言ったの。『驕り高ぶった奪略者よ、裁きの日は近い。千年の恨みを晴らす栄光はすぐそこだ』…と」
「裁きの日…?」
 眉根を寄せるジュリエッタに、シャーリルは自分の首筋に手を這わせ、瞳を閉じた。
「頭のおかしい人間なのかもしれないと、その時は思ったけれど…振る舞いや言葉の発音に、そういった兆候は見られなかったわ。さっきも言ったけれど、とても手馴れているというか…落ち着いていた。でも、同時に痺れるような憤怒の感情が伝わってきたわ」
「憤怒…」
 小さく繰り返しながら、ジュリエッタが真剣な表情で考えを巡らせる。その時、中庭に続く階段の方から声がした。
「どうやら、庭を突っ切って逃走したようです」
 マクシミリアンの声にはっと振り返り、ジュリエッタは階段を上ってきた長身の影に目を向ける。マクシミリアンの背後から、エセルバートも現れた。
「庭木が一部崩されていた。庭園を突っ切ってそのまま外壁に取り付いて逃げたか、もしくは他のルートで姿をくらませたか…いずれにせよ、周囲にはもういない」
 紳士たちの素早い調査に、ジュリエッタは感謝の微笑みを浮かべる。
「ありがとう、エセル、マクシム。シャーリィを彼女の部屋に連れて行きたいのだけれど、エスコートをお願いできるかしら」
「もちろん」
 エセルバートが進み出て、立ち上がろうとするシャーリルに手を差し伸べた。シャーリルはゆっくりと身を起こそうとしたけれど、強く打ちつけた肋が痛み、苦痛に顔を歪める。
「無理しないで、シャーリィ」
 エセルバートは優しく囁くと、そのままゆっくりと腕を伸ばして、シャーリルの身体を抱え上げた。彼女に負担がかからないよう、細心の注意をしながら身を起こしたエセルバートに、シャーリルが腕の中で恥ずかしそうに微笑む。
「ありがとう、エセルバート卿」
「どういたしまして。痛かったら言いなさい」
 優しく微笑んで、エセルバートが歩き出そうとするのに、ジュリエッタが素早く囁く。
「待って。広間や回廊を抜けるのはあまりにも目立ってしまうわ。こっちに使用人用の階段があるの。そこを通れば、人目につかないはずよ」
「わかった」
 エセルバートが示された方向に向かって歩き出す。ジュリエッタはそれに続こうとし、けれどもはっとしたように振り返った。
「このままなんの説明もないまま行くのは得策ではないわね。広間の野次馬を宥めて、それから父に伝えてくるわ」
「それは僕に任せてください」
 バルコニーの床や陶製のソファをじろじろ眺めていたマクシミリアンが、ジュリエッタを振り返って言う。ジュリエッタは、表情を変えない長身の青年を見上げて、わずかに考えるように眉を寄せた。
「ええ…でも、あなたにそこまでお願いするわけには…」
「構わないでしょう。僕はこれから、正式にあなたの補佐となる身です」
「えっ?」
 驚いたように目を丸くするジュリエッタに、マクシミリアンは取り合わず淡々と答えた。
「詳しい話は後ほど。それよりも今は、余計な邪推をされないように人々を落ち着かせることと、公爵閣下に事態を報告し、適切な処置を願い出ることが先決です」
..2014/11/7(金)  No.283



【Crown Blood 7】 3 
 
  理路整然とした言葉に、ジュリエッタは急いで頷いた。今為すべきことを迅速に行う。責任ある立場として教育を受けたジュリエッタの身に沁みついた判断力が、それ以上の疑問を封じていた。
「ええ、わかったわ。お願いね、マクシム。わたしはシャーリィの部屋で彼女の話を聞きとっているわ」
「了解しました」
 そう言って、マクシミリアンは素早く大窓の方に足を向ける。その後ろ姿をちらりと見やってから、ジュリエッタは急ぎ足でバルコニーの階段を下りていった。
 中庭を通り、屋敷の裏手の方にある使用人用の外階段を上ってそこにある扉を開けると、シャーリルを抱いたエセルバートの背中が見えた。
「エセル」
 声をかけ、振り返ったエセルバートと彼の腕の中で痛みに目を閉じているシャーリルとを促し、使用人用の建物の廊下を抜けると、本館と繋がっている渡り廊下の階で執事のランコットとばったり出くわした。
「ジュリーお嬢様」
「ランコット! ああ、よかった。お願いがあるの、急いで主治医のレニアン先生を呼んできて。シャーリルが怪我をしたようなの」
「なんということ」
 常日頃まったく表情を変えない、まさに執事の鑑ともいうべき初老の男の瞳が丸くなり、ついでエセルバートの腕に抱かれたシャーリルへと気遣わしげな視線を向けた。けれども、余計なことは一切問わずに一礼すると、すべての適切な処置を施すために颯爽と歩き出す。
「ランコットに任せておけばもう安心。さあ、エセル、こっちよ」
 そのまま回廊を抜け、客人たちは足を向けない家人のプライベートな空間がある棟にたどり着くと、妹の部屋の扉をさっと開いて、エセルバートを中に入れた。
 エセルバートは広々とした温かい部屋に静かに足を踏み入れると、細心の注意をもって大きなソファへシャーリルを降ろす。シャーリルは、感謝の眼差しでエセルバートを見上げ、弱々しく微笑んだ。
「どうもありがとうございます。こんなふうに手を煩わせるなんて、情けないわね」
 その自嘲的な微笑みに、エセルバートは琥珀色の瞳を柔らかく微笑ませる。
「私の手を煩わせたいと思うのならば、もっと努力が必要だよ、レディ・シャーリル」
 そう言って、シャーリルの華奢な手をつと持ち上げて口づけると、立ち上がってジュリエッタのために場所をあける。ジュリエッタは再びシャーリルの傍らに座ると、背後に立つエセルバートと視線を交わしてからゆっくり口を開いた。
「シャーリィ。恐ろしい思いをして、気分が優れないとは思うけれど、もう少しだけ話を聞かせてもらえるかしら」
「ええ、もちろん。こんなことになったのも、わたしの責任だもの」
 強張った表情でそう言うシャーリルに、ジュリエッタは力づけるようにその手を握った。
「ばかを言わないで。あなたは被害者よ、責任なんてあるわけがないわ」
「でも、人様の借り物のネックレスをつけて、無防備にバルコニーで一人になるなんて、あまりにも軽率だったわ」
「それを言うなら、あなたを一人あそこに残したわたしはもっと軽率よ。それに、いったい誰が、このファイアリヴルの屋敷で窃盗にあうなんて想像するの。あなたは間違ったことはしていない。自分を責める必要はないわ」
「ええ…ごめんなさい、ジュリー」
 姉の手を握りしめて、小さく頷くシャーリルに、その時落ち着いた声音が問いかけた。
「口を挟む無礼を許してほしい、レディ。君は、バルコニーで暴漢に襲われ、ネックレスを奪われた、そういうことかい?」
 エセルバートの問いに、シャーリルに代わってジュリエッタが先ほどの話を繰り返した。エセルバートは事情を聴きとると、難しい顔で思案にふける。
「裁きの日…か」
 彼の小さな呟きと同時に、部屋の扉が殴打され、現れたのはファイアリヴル公爵と、さらに三人のクラウン・ブラッド、及びその子息たち、そしてマクシミリアンだった。
「シャーリル」
「お父さま…」
 足早にやって来た父に、シャーリルは思わず手を伸ばす。その手をしっかりと握りしめ、ジュリアス・エリクシスは厳しい眼差しで娘の容態を確かめた。
「怪我は酷いのか?」
「いいえ、打ち身だけだと思う。念のため、ランコットに主治医を呼びに行かせました」
 答えたジュリエッタに頷き返し、シャーリルの青白い頬を大きな手で包み込んでから、ファイアリヴル公爵は威厳のある声で言った。
「マクシミリアンから、シャーリルが大広間のバルコニーで何者かに危害を加えられたと聞いた。犯人の逃走経路の目星はついているが、侵入経路は判然としていない。舞踏会に参加した者たちには詳しい話はせず、会の終了を告げてきた。その他、我々が知るべき情報を明らかにしてほしい」
 その命令に、ジュリエッタが従おうと口を開いた時、再び扉が殴打され、今度現れたのは有能な執事が呼び寄せた主治医と、シャーリルの世話をするための侍女たちだった。
 ファイアリヴル公爵は、娘の手をもう一度優しく握りしめてから、彼女の世話を主治医に託し、そこに集った関係者すべてを促して、応接間へと向かった。


◆お題336『裁きの日』
【クラウン・ブラッド 7@オリジナル】
..2014/11/7(金)  No.282



【Crown Blood 6】 1 
 
  ダンスホールでレディに置いてきぼりを食らった紳士としては当然と思える速度で、マクシミリアンは足早に進んでいた。
 幸いなことに、大掛かりな舞踏会だったため人の数も床を覆うほどで、パートナーがいないままその場を去る姿はそれほど目立ったわけではない。けれどももちろん、ファイアリヴル・クラウン・プリンセスは他のどの参加者よりも圧倒的な存在感があったために、二人が踊る姿は注目の的だった。その後の不自然な物別れが、ある程度の衆目にさらされたことは覚悟せざるを得ない。
 マクシミリアンは、自分では得意だと信じている鉄壁の無表情でダンスホールの出入り口まで進み、そのままどこかの小部屋か書斎に向かうつもりだった。会が終わるまでそこで静かに過ごせば、この胸に渦巻く様々な感情や葛藤と折り合いをつけることができるだろう。
 だが、マクシミリアンの希望もむなしく、彼はダンスホールを抜けるや否や、抗えない声に呼び止められた。
「マクシミリアン」
 その自信と威厳にあふれた深い声音に、幼いころから刷り込まれた絶対的な畏怖と尊敬の感情が湧き上がり、マクシミリアンは素早く振り返った。
「ファイアリヴル公爵閣下」
 五年の間に大抵の人間を眼下に見下ろすほどの長身に成長したマクシミリアンだったが、対するは彼よりもなお上背で勝る堂々とした体躯の壮年の紳士だった。目に鮮やかなファイアリヴルレッドの髪を丁寧に撫で付け、華美ではない装いながらも圧倒的な高貴さと優雅さを醸し出す正装はまさに王者の装いで、きらめく黄金の瞳がわずかに愉快気に細められたことで、どちらかといえば厳めしい顔つきが驚くほどの柔らかな雰囲気に変わる。
「公爵閣下はよしなさい。ここは公の場ではないのだから、甥にそんなふうに距離を作られるのは悲しい」
「す、すみません。ジュリアス伯父上」
 ぱっと顔を赤らめたマクシミリアンが、すぐに呼び慣れた名を口にする。ファイアリヴル公爵ジュリアス・エリクシスは小さく頷くと、甥の広い肩を力強く叩いた。
「先ほどのあいさつの時は、あまりゆっくりできなかったのでな。五年ぶりに会った甥ともう少し話をしたいのだが、いいだろうか?」
「はい、光栄です」
 素直に答えるマクシミリアンを促して、公爵は回廊を渡ると、人のいない部屋に青年を招いた。そこにはすでにブランデーと葉巻の準備がなされていて、マクシミリアンは何故か自分が罠にかかった小動物にでもなったような気分になり、その不可解さに小さく首を振る。
 部屋のマントルピースの上でブランデーのデキャンタをとり、グラスについだそれを甥に勧めると、公爵は寛いだ表情でソファに座った。
「久しぶりの故郷はどうだ、マクシミリアン」
 公爵と対面のソファに腰を落ち着け、マクシミリアンは落ち着いた様子でブランデーのグラスを傾けてから答える。
「なにもかも、記憶通りでした。五年という歳月は、幼かった自分が考えていたよりもずっと短いものだとしみじみ思いました」
「ほう。では、五年前よりも魅力的だと思えるものは、なにもなかったということかな」
 何気ない公爵の問いかけに、マクシミリアンは一瞬、頭に浮かんだ鮮烈な紫銀の輝きを振り払うように、軽く肩を竦めた。
「そうですね、特には。ですが、やはり生まれ育った国が一番落ち着きます」
「君は延べ五か国に留学し、それぞれ最高の成績を修め帰国した。その才能は、今後我が国の貴重な財産となるだろう。もちろん、ファイアリヴルとしても君という逸材の帰還を心より歓迎するよ」
 微笑みながら公爵がグラスを掲げる。マクシミリアンは丁寧にお辞儀をしてそれに応えた。
「身に余る光栄です。今後は微力ながら、聖王国のために尽力したいと思っています」
「さしあたっての君の望みはなんだね。どのような場所で才能を示したいと思っている?」
 葉巻に手を伸ばした公爵が鋭い視線を甥に向ける。マクシミリアンは、しばらく考えるふうに手の中のグラスを眺めてから、慎重に口を開いた。
「仰せとあればどのような職務にも就きたいと思います。…しかし、私の希望が叶うならば、近衛士官となることが望外の極みです」
「近衛士官か。では君は、王宮勤めを望むというのかね。王の傍に?」
 わずかに驚いたような公爵の声音に、マクシミリアンは薄い笑みを浮かべた。
..2014/11/6(木)  No.281



【Crown Blood 6】 2  
 
 「王の傍に侍ることに興味はありません。私が望むのは、国外情勢を最先端で察知できる場所と、我が国の脅威となる外来の事象に速やかに対処し得る立場です」
「なるほど。国外で様々な知識を得てきた君にはうってつけの職務だな」
 葉巻をくゆらせながら、公爵が深く頷くのに、マクシミリアンはわずかに高揚したような表情で顔を上げた。
「伯父上…いえ、ファイアリヴル公爵閣下。どうか、私を近衛士官へご推挙いただけませんか」
「うむ…」
 公爵の返答があまり思わしくないことに、マクシミリアンは眉を寄せる。それから、手にしたブランデーグラスをテーブルに置き、静かに口を開いた。
「…やはり、私程度の人間には、王宮勤めは任せられないとお考えでしょうか」
「そんなことはない。君は優秀な人間だ」
「では…」
「まあ、待ちなさい。私は君に、ファイアリヴルの中枢としての職責を任せたかったのだ」
「え?」
 思いがけない言葉に、マクシミリアンが翡翠色の瞳を大きく瞠った。そういった表情は幼いころの面影を色濃く残すことに、公爵は複雑な笑みを浮かべる。
「知っての通り、我がファイアリヴル一族は聖王国の秩序を保つ任についている。国内衛士の充実は、王宮近衛より華やかさでは劣るだろうが、国にとっては至上の命題だ」
「勿論、その通りです。ですが…ファイアリヴルの中枢に、私が役立てる余地があるとは思えません」
 わずかに上ずった声音でマクシミリアンが言うと、公爵は紫煙を燻らせながらじっと青年の瞳を見据え、なにかを探るように沈黙した。マクシミリアンは、その視線に耐えるように奥歯を噛みしめ、表面上は顔色を変えることなく対峙する。
 やがて、公爵はわずかに表情を緩めた。
「私は君を買っているんだよ、マクシミリアン。君の才能を、ぜひファイアリヴルのために使わせてほしい」
「閣下…」
「次代のクラウンはまだ未熟だ」
 突然の言葉に、マクシミリアンははっと身を強張らせた。公爵はその反応を探るように見つめながら、淡々と続ける。
「彼女は愚かではない。けれども、私から見ればまだ子供だ」
「…そうでしょうか」
「そうとも。クラウン・ブラッドとしての誇りや教養は申し分ないだろう。だが、女性であるがために、あまりにも近視眼的になるきらいがある」
「………」
「君には、もっと広い視野で次代のクラウンを支えてほしい」
 公爵の声音は確信的だったが、言葉はどこか曖昧だった。マクシミリアンは慎重にグラスを揺らし、どんな感情も覗かせない声音でゆっくりと問う。
「…支える、とおっしゃいますと、ファイアリヴルの任に携わる手助けをしろ、ということでしょうか」
「具体的にはそうだ。娘は今春から衛士庁に出仕し、私の名代を務めている」
 その言葉に、マクシミリアンは思わず目を瞠ってしまった。あの、屋敷の奥深くで風にも陽にもあてずに育てたような高貴で美しい姫君が、国内の犯罪を取り締まる衛士庁の責任者という重責を担っているとは、想像もできない。
 けれども、彼女はファイアリヴルという聖王国を支える四つの支柱のうちの一つを継ぐべき選ばれたプリンセスで、幼いころからクラウン・ブラッドとしての教育を施されてきている。どれほど外見がたおやかでも、華奢で弱々しく見えたとしても、その眼差しひとつ、指先ひとつで国中の犯罪者をひれ伏せさせる実力を持っていることは間違いない。
 マクシミリアンは、暫時物思いにふけっていたために、次に公爵が発した言葉に思わず顕著な反応を示してしまった。
「君には娘の公務の補佐を頼みたいのだ。その上で、ファイアリヴルレッドを有する配偶者にこだわる女性的な視野の狭さを矯正してもらいたい」
..2014/11/6(木)  No.280


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