| たまこ ++ ..2010/09/07(火) 10:11 [9438] |
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わたしは悪役って、主役に匹敵する役だよなあと思うのです。あくまで、わたし個人の感じかたなのですが。 物心ついたときから、そうでした。もらいものの絵本で読んだ★雪姫の継母しかり、おじいちゃんの隣で見ていた水★黄門の各話の悪役しかり。 悪役がすごくてもすごくなくても、悪役から目が離せない感性といいますか。 でも、そうやって育っていくうち、悪役を表現するのに長けた表現者の方たちに出会うことになりました。 出会って気に入ったら、その表現者の方の作品を追いかけ続ける。そういう風に読んだり追いかけたりしていくうちに、悪役の描きかたに力がある方たちの作品を追いかけていることに遅いけど三十越えのあたりで気がつきました。 陣先生の作品の大きな魅力の一つは、悪役にあると思います。 もちろん、魅力はそれだけではないですよ。笑い、恋のわくわく感、愛することの覚悟、せつなさ…などなど、上げればきりがないほど。 だから、陣先生の極道ものって人気があるのだと思います。 |
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| [9440] Re:悪役も良いけど脇役も捨てがたい |
| たま ++ ..2010/09/07(火) 20:32 |
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たまこさん
悪役ってすてきですよね。 時代劇ではばっさばっさと無造作に切られ、映画ではぼろぼろに殴られドつかれはたかれ、でも目が離せない。
でも、脇役も良いもんですよ。 スピンオフで主役クラスにまで出世したじろちゃんみたいにね。
そこここに存在する名脇役が光っているのも陣作品の良いところだと思います。
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| [9441] そうなんです★たまさん |
| たまこ ++ ..2010/09/09(木) 09:24 |
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脇役もいいですよね。脇役には自分の意思で動いている人が多いから、個性がより鮮明で魅力的だったりします。 それと、すいません。たまさん。わたしは次郎さんも脇役でありながら、悪役だと思っているのです。そして、龍も主役でありながら悪役。 あ、でも、悪役というのは、言葉がふさわしくないかもしれません。えっと、悪を自覚した人生を背負っている男たちかな。 極道である以上、「龍と竜〜白露〜」の三和会との取り引き、そして水面下での岩城組との交渉ややり取りなどのことはやはりあるわけです。 極道として生きる以上、非常時において颯太くんは逃がすけれど、最愛の竜城くんの命と運命は自分と共にあるという龍。 颯太くんが、「もし俺が人を殺したら?」と問うと、次郎さんは颯太くんを守り、颯太くんのわがままを受けとめて、颯太くんの側で生きるために、舎弟を代わりに刑務所にやるという。 そういった龍や次郎さんを作品の中で魅力的に描く陣先生はすごいと思うのです。 極道ものを書くなら、そういった悪を自覚して生きる男たちの様々な人物像が描けないとおもしろくないのだと思います。 わたしが悪役に目が行ってしまうのは、やっぱり悪に弱いから。悪が恐くて、恐いからこそ目が離せない。 それと、たまさんの切られ悪のお話でもわかるように、悪には悪を成したがゆえの運命に飲み込まれて身の破滅にすら追い込まれることもあるからです。そこからは目が離せないのです。その悪の運命とゆく末も、またわたしにとっては大きな恐怖なのです。 もちろん、恐いだけでなく、悪というのは奇妙な魅力にあふれています。その魅力がまた目を惹きつけます。 そして、どんな脇役も、それぞれの人生では主役。当たり前のことなのですが、その当たり前を当たり前のこととしてそこにある物語。それが陣先生の描く作品なのではないかと思うのです。脇役もそれぞれの個性と魅力をいっぱに振りまいて、読む者を喜ばせてくれるのですから。 だから、何度読んでも発見があります。できれば、多くの続編や続きを望んでしまうのもだからこそなんだと思います。
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